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一次被災者 #とは

私は、今回の熊本地震で住むところがなくなったうちの一人なんです。


16日の本震後なかなか余震が収まらないので、
一人暮らしの私を気遣ってくださった上司のご実家に泊めていただき、
そこから18日は出勤いたしました。
水やガスは止まっていましたが、電気がきているので仕事はできました。

まだしょっちゅう揺れるのでここはしばらくは甘えさせていただいて、
余震が収まってから家に帰って散乱してるものを片付けよう、
部屋の真ん中まで飛ばされていたあの重いベッドを1人で動かせるかしら
などとのんきに考えておりましたが、
昼過ぎに、本震の際に一緒に避難したお隣さんから
「家主からあのマンションにはもう住めないって連絡ありました?」
との一報を受け、さすがにしばし放心してしまいました。
「倒壊の危険もあるので現状立ち入り禁止で、荷物を取り出したいのであれば自己責任だそうです。」
と聞いて我に返り、
大事なものだけでもとりあえず出そうとすっ飛んでいきました。

少々引っかるもののそれでも避難した時同様ドアは開きました。
大きな余震を警戒してドアは開け放したままにし
土足のままで部屋に上がった時は、とても切なかったです。

一番の目的はバイオリンでしたが
こういう時なのでなくてもなにか措置がとられるのではないかと思いつつも
通帳、保険の証券、年金手帳などもついでに持ち出しました。
大きなボストンに入るだけの洋服も入れて持ち出したところ、
後で改めて見たらろくな洋服を詰めていませんでした(笑
その時はまだ状況がよくわからず、
もう一度大きな揺れがきたら倒壊しちゃうかも!と焦っていたんだと思います。

私が住んでいた地域は「熊本市中央区」
前震は震度5強、本震は震度6強で(それぞれの余震で震度5弱が2回)、
激しい揺れに見舞われはしたものの
周囲を見る限りでは倒壊した家屋はなかったんです。
そりゃあいたるところで塀は倒れ、外壁や瓦は落下し
建物にクラック入りまくりでしたが、
だからってねえ、躯体はねえ…。さすがにねえ…。
程度に当初は考えていた(根拠はないです)のですが…。

避難所に2晩泊まってもなお、被災者っぽいかな?位に捉えておりましたが
住むところを失うとなるとこれはもう
被災者ど真ん中かもしれないわねえなどとぼんやり考えたりする程度にしか
ついに思考が動かなくなってしまいました。

その後家主である会社の担当の方よりいただいた連絡では
お隣さんから聞いたのと同様のことを告げられました。
「倒壊の危険があるので住んでいただくことができなくなりました。」
「下層の階ではドアがもう開きません。」
「できれば立ち入らないでください。お荷物を運びだすのであれば自己責任でお願いします。」
「敷金は全額返還いたしますがそれ以上のことはまだ決まっておりません。」
(字面としては冷たい感じになってしまいますが、実際はとても丁寧に伝えて下さいました)
私はそうですか…。と聞く術しかなかったのですが、
2点だけ質問をしました。
・ところでもう住んでる方はいらっしゃらないんですか?
「まだいらっしゃいます。」
・これは行政による指導などなのですか?
「いいえ、私共の判断です。」
まあそれを聞いたところで状況が変わるわけもなく、
電話を切った後も結構長い間ぼんやりしていました。

大切にしていた家具は、本は、もう戻ってこないのかしら…。
オリーブの樹は?
…。
や、ちょっと待って!
冷蔵庫と洗濯機は買ってまだ5ヶ月しか経ってないんですけど!!!
(そしてどっちも歩いてはいたけれど倒れてはいなかったんです)

(引っ張ってごめんなさい。つづきます

前震後の朝


15日、前震後の朝。
地震で手前のトックリランは倒れましたが、
奥のオリーブは倒れませんでした。
私自身もまだ、
写真を撮って健康診断に行く程度の余裕がありました。

運否天賦 平成28年熊本地震に際して

緊急地震速報が先だったか、停電が先だったか…。
気付いたときにはもう、すでに立ち上がることかできないほど揺れていました。

平成28年4月16日午前1時25分過ぎ、
ベッドの上で秩序のない揺れに翻弄され、
暗闇の中で、
あの何とも言えない地震独特のいやな音を聞きながら私は、
あー本当にきちゃったのかあ、
しかもヒステリックに揺れてるなあなどと妙に静かに考えてました。

前の晩に避難所で、東日本大震災の時は震度5クラスの2日後に本震きたよね
って話をしていたものですから、
本当にきたのか、と。

その時の心持ちは何とも形容し難く、
即座に平穏無事は諦めてなるべく感情的なことは排除遮断して、
どう逃げようかとこれからの段取りを超考える感じで、
無力なくせにやるきまんまんと言った体でした(笑
今思えば、28時間前に大きめの揺れを経験したばかりだったので
落ち着いていられたのかもしれません。

永遠に続くかと思われた長い揺れがおさまってきたところで
ベッド脇に置いておいたリュックを背負い
障害物を避けながら一目散に玄関へ。
幸いなことにドアは開いたので、
用意しておいたトレッキング用の靴を履いてすぐに廊下に出ました。
前の晩に何かあったら一緒に行動しましょうと約束していたお隣さんのピンポンを鳴らしても鳴らない。
そうか!停電か!と慌ててドアをがんがん叩き
「無事ですか!出られますか!」と声をかけたところ、
出ていらしたのでホッとして、6階から駆け下りました。
建物を出るときは落下物などを懸念して少し緊張しました。

そばの大きな駐車場まで走ったところで一旦様子を見ることに。
真っ暗な中、突き上げるような大きな縦揺れは絶え間なく続き、
辺り一面に石油系の臭いが立ちこめている、
どうか火事だけは起きないでと祈るばかりと言った状況の中で、
津波注意報が出た時には、さすがにちょっと絶望しました。
いや有明海の湾内では起きないと思うけれど(根拠はないです)、
でも万が一発生して白川を遡られたらここは前の水害でも浸かった低地だし、
さすがに駄目かもしれない、
もしかして最後になるかもと思って、思わず東京で暮らす妹に電話しました。
「私は無事よ。」って。

その時初めて、怖い、と思いました。

地震は怖かった。

今まで一度も口にしなかったけれど、本当はかなり怖かったです。
その時になって初めて、
自分が命の遣り取りをしてたのかも!と気づいたからかもしれませんね。
脳裏をよぎるのは以前に見た川から溢れる黒い濁流の映像や
神戸市長田区が燃える映像ばかりでした。


東京出身のくせにそこまで大きな地震に遭遇したことはなかったのですが、
前震のあと、
高さのある家具などで倒せるものは倒し、
冷蔵庫の上段の中身は全て取り出すなど
割れる可能性のあるものは全てキッチンの床に置き、
リュックにお財布、水500mlと大判バスタオルと板チョコ、マクビティのビスケット、下着、靴下、ポケットWi-Fi、全ての充電器、メモ帳、筆記用具を入れて(懐中電灯を忘れたのは大きなミスです。携帯の明かりを頼りにする羽目になリました)枕元に置いて、
玄関に水1l、箱ティッシュ、ウェットティッシュ、マラソン用の高カロリー補給食品、パン、ブランケットを入れたボストンをおいて、洋服を着たまま寝るくらいは備えていたと妹に自慢しつつも

私「でも更に大きいのが本当に来るとは思ってはいなかったし、震度7を2回くらったら私も生き残れなかったと思う(私の住んでいた地域では前震:震度5強、本震:震度6強でした)。」
妹「ねいは冷静だし度胸も判断力もある。大丈夫よ。」

なんて話を後日したのですが、
妹の身びいきはさて置き、
まあ、例え本当に冷静で判断力があって度胸があったとしても
そんなもの地震のパワーの前では無力なのではないかと
身の程を思い知った今は心底思っています。

生き残るために必要なもの、
それは、ただただ「運」なんじゃないかなあとしみじみ思うところなんです。
運良く大火災が発生しなかったから、運良く津波がこなかったから、
運良く住んでいたマンションの下の断層がずれたのではなかったから、
無事でいられたんだと思います。
夜中に起きたこと、真冬でも真夏でもない時期に起きたことも
良い方向に働いたと思います。



さて、
幸いなことに、事務所の建物の損壊は軽微で、電気もすぐに復旧しましたので
(電気の復旧はとても早く、私の住まいの辺りでは本震後30分以内には復旧したと思います。灯りは本当に心強かった。これが希望の灯か!と感激したほどです。)、
行政書士法人ウィズネスは翌月曜日の18日から
通常通り業務をすることができました。
おかげさまでスタッフ一同怪我ひとつしておりません、元気です。

経審などは待ってもらえないので、
まるで何事もなかったかのようにお仕事させていただいていて
それはとてもありがたいです。
地震でいろいろなことが不活性になってしまっては地震の思う壺ですので
業務を通して地元熊本に貢献していければなあと
意気込んでおります。

この度の地震に際し、被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。
どうか、一刻も早く余震がおさまりますように。
夜がきても怖い思いをしなくて済むようになりますように。

そして、様々な形で救援、応援してくださっている皆様、
本当に本当にありがとうございます。
とてもとてもとても心強かったです。
いつか熊本に遊びに来ていただけるよう、
そしてそれまでには以前の美しかった熊本を取り戻せるよう、
尽力してまいります。

倒るる所に土を掴む

今度の日曜日は福岡マラソンですね。
お天気がちょっと心配です。
去年に続き雨にならなければ良いのですが... 。

さて、向かうところ落選だらけ、
常敗神話を誇っておりました鈴木なのに、
実は、今年はなんと福岡マラソンに当選していたんです!

いたんですが…。

競争倍率の高い大会に当選して浮かれてましたところ、
何の因果かちょっぴり入院する羽目になりまして。

今はもうおかげさまで全快はしておりますものの、
今年のマラソン出場は控えることにしましたし、
ブログの更新が滞っていたのもできれば入院のせいにしたいです。
入院期間は2週間、記事の投稿は4ヶ月ぶりですけれども。

転んでもただでは起きないタイプと申しますか、
辺りに生えている草を食べ尽くしてから起き上がりたい派ですので
入院の際に利用した高額療養費制度のことや傷病手当のことなどは
コンテンツにまとめてHPにあげたりしてまあだいぶ気は済みました(*ノω・*)テヘ

かけていただいていた全行団の行政書士新団体医療補償制度(所得補償保険)も
初めて請求いたしました。

ところで、保険料控除証明書が届いたりして
いよいよ年末感が強くなってまいりましたねえ。
年末と言えば、そう…、経審シーズンの到来です。
平素、建設業関連に携わっていない鈴木すらも借り出される
超弩級ウルトラ繁忙期の到来ですね…。
スタッフがだーいぶ早口になってきております。
どうか、無事に終わりますように。

http://www.kensetsu-kinki.com/
建設業許可申請.com
申請手続き、許可取得の条件、更新手続、変更届、
建設業法についてのポータルサイトですよ。

補助者しぐさ

先日、約1か月半ぶりに渡邉先生が帰熊なさいました。
福岡のオフィスに寄ってからいらして
翌週はカナダ出張という相変わらずのお忙しさ。
熊本に帰ってらしていても
事務所にいらっしゃるのは数時間です。

そんな中スタッフに、
「もう仕事は慣れましたか?」
と聞いてらっしゃったので、
一瞬放心しかけましたが踏みとどまりました。

お忙しすぎて時間軸周りが故障したか、
このスタッフについての記憶が欠落しちゃったんだなあ
と受け止め黙っていようとも思ったのですが、
まだまだ大人としての器量が乏しい補助者ですのでつい、
「後藤さんは入社して2年経ちます。」
と申しあげてしまいました。



江戸しぐさなんてものはないけれど、
人間関係を円滑にするためには
余計なことを言わないほうがいいわよねえ、
と思ってはいるんですいるんです。

緊急検証!行政書士は実在した!!

渡邉先生渡邉先生書き散らしておりますが、
実際にはなかなか表に出ていらっしゃらないですし、
こんな弱小ブログにご本人が降臨なさる事もないので、
非実在の、まさに、
「まさかとは思いますが、この『渡邉先生』とは、
あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。」
の林先生案件になりかねないなあと思いまして、
先日お食事をごちそうになった際に写真を撮って参りました!

渡邉先生

...もしよろしければ、言い訳をする機会をいただけますでしょうか。
あのですね、
それほどムーディなお店というわけではなかったのですが、
凝ったライティングのお店でですね、
私に女優ばりにライトが当たっている状態だったんですよ。
言わば逆光のような中渡邉先生を撮ったらですね、
どうしてもこうなっちゃってですねえ...。
一応いらっしゃるってことは伝わりますでしょうか...。

他のスタッフにも別角度の席から撮ってもらったのですが
若干明るかったもののさして変わらなかったので、
もうこれを補助者ブログのオフィシャル渡邉先生写真てことにします。
公式です。

ちなみに空っぽのお皿にはウニとピスタチオのパスタが入っておりました。
↓在りし日のウニとピスタチオのパスタ
ウニとピスタチオのパスタ

メインのお魚とお肉もおいしゅうございました。
食べ物はまあまあ撮れたんですよねえ。
↓鯛のポワレと何かのリゾット
鯛のポワレと何かのリゾット

↓赤牛の炭火焼
赤牛の炭火焼

それにしても、常務に忙殺されてしまって
普段なかなか伺う事ができないビジョンやプランを伺うと
単純に発奮いたしますねえ!

またご一緒できると良いなあできれば週末に。
としみじみ思った次第でございます。



お世話になっております齋藤先生が執筆なさったご本です。

起業支援・行政手続きの実務家である行書士の視点から、開業実務ノウハウの部分にフォーカスした「デイサービス開業の教科書」

とのことです!